「この手紙、水戸に伝わる秘文書だ」
「まぁ、久太郎さんってば、冗談ばっかり・・・」
みつはそう言って微笑んだ。しかし久太郎の表情は硬かった。 久太郎は心の中で、この瞬間にも放たれた隠密の手によって 首を刃物のようなもので切り割かれ悶え苦しみながら死ぬのではないか、 という怖れを抱いていたのであった。 そう、久太郎は水戸藩に対して決して言い逃れの出来ない大きな 裏切りを犯していた。その罪の重さはこの十有五年の間、 一日たりとも彼の脳裏から去る事はなかったのである。 深夜血で染まった己の姿が井戸の底に写る夢を見て 絶叫とともに目覚めたこと・・・ 雨の中山道で慣れなれしく話し掛けてきた罪もない油売りを 疑心暗鬼の余り斬って捨てたこと・・・ 彼の「一枚が二枚・・・」という独特の抑揚を持った口上は 今も耳について離れない。 日暮時、尾久橋の上に立って隅田川を眺めつつ、 まるで己の血で染まったかのような錯覚に捕らわれたこと・・・。 しかし久太郎の心は自分でも驚くほど澄んでいた。 ついに来るべきものが来た。そう、まるでこの日を待っていたかのような 気になったのである。 「ちがうんだよ、おみっちゃん。俺は知ってるんだ」
「知ってる?知ってるって何を? 一体この変な手紙にどんな秘密が隠されているって言うの?」
「おみっちゃん、ささみチーズカツって聞いたことがあるかい?」
そう言った一瞬、みつの顔が奇妙な形にひきつり、蒼ざめたのを 久太郎の鋭い目は見逃さなかった。
「そうか、やっぱりあんたも湯田の子なんだな・・・」
「久さん・・・自分で言ってる事がわかってるの?」
「ああ、そのつもりだ」
「そう・・・わかったわ。あなたがそこまで言うのなら、私は止めない。 どこなりと好きな所に行っておしまいなさい!」
言葉とは裏腹にみつは久太郎の手を包み込むようにやさしく握りしめると、手の中に小さな何かを握らせた。 久太郎が手をひらいて見るとそれは小さな仏像だった。

「私には何もできないけど、この吉祥天様を私だと思って大事にして・・・」
それだけいうと、みつは店の奥の方に走っていった。 ゆっくりと装備を整えた久太郎は夕食も取らず早めに床についた。
「なんだいおみつと喧嘩でもしたのかい?若いのぉ」
そんな大黒屋の言葉を聞きながら。 その晩、久太郎は

  • 一人夜半の月を眺めながら眠れぬ夜を過ごした。
  • 二人して夜逃げをすべく、みつの部屋へ向かった。
  • 三人寄らば大樹の下であなたとだれかさんと麦と兵隊