「季語はばあさん、その季節は夏」
「夏が、終るね・・・」
そう、静かにつぶやくと、おみっちゃんは手をかざしながら晩夏の太陽を見上げた。
「今年の夏も、ああ、何もなかった、な・・・」
「なに事にも冷害はつき物だよ」
「私どもの恋と致しましても、早い秋の予感がびたびたと足音を立てて 乗り込んで来たと、こうおっしゃりたいわけですか、総理」
「遅くなんてないよ!今からだって、ぼ、僕と思い切った思い込み作りを・・・」
「無駄、無駄、無駄。議長、私は総理に聞いているのです」
君は大きく溜め息を吐いた。そう。わかっていたのかもしれない。 早過ぎた展開。遅過ぎた玄白。分かれた野郎が未だに脳髄に根を張り 居直っているのだな。ふわけた男にたぶらかされる娘。 君は憐憫の劣情に支配され思わず水魚のポーズでカノジョを金縛りにした。
「あっ・・・」
女狐は一瞬驚くそぶりを見せたものの、たちまち固有の性質をむき出しにして 低いうなりを発生させつつも、次第に低周波で共振し始めた。 バランサーの取り付けが悪かった模様。
「怒った顔もスイミングだよ・・・」
「ばかもの・・・余の顔を見忘れたか・・・」
「君以外の顔は殿様だってみんな臣民だよ。なぁ、いーだろ?」
「待って・・・心技体、みっつそろって準備が出来てないの」
俺が金縛りを解くと、彼女は二三歩後ろにいろめいてから、 ぱっと飛びのくように宙に舞い、太陽を背に大きく新ムーンサルトりを決めた。 着地は照れマークがきれいに決まりました。 これで1年後のアンゴルモア大会へ大きな大きな望みをつないだと言えるでしょう。 彼女のここ数年の成長は著しいですね、解説の伊藤さん。 そうですね、成長期ですからね。大きな期待と費用がかかりますね。 その辺りが四大湯田屋財閥が汗水のように使って育てたこの箱入り娘の面目の 大躍進の秘訣と言えます。おっと、どうやら彼女がこちらに近付いて来ました。 袖の下から何か小さな物体をひねり出して、どうやらファンの侍に渡すようです。
「はい」
怒りのように震える指先から君がその奇妙な箱を手に取って良く見ると 「こどもソフト」と書いてある。 そうか。体は半人前でも、おみっちゃんはまだまだ精神年齢はこどもで ソフトに憧れる年増なんだな、 と君は心の中で思ったまま口にして半殺しにされました。 ギャルを甘く見てはいけないという寓話として末法の世までなむ。
「なになに・・・この目薬は使用上の注意を良く読んで副用してください。 海や宙を泳ぐ前に毎日三回、三日で十二回、 良く手を洗ってうがいをこころがけしましょう。ふ〜むふむ」
「あそこに立てかけてあるのを使ってください」
非常用梯子が装着されていた。さすが流れの民の現役だ。 君は持てる技術の粋を駆使して二階へと飛び上がった。 着地の際、先刻痛めた右足、首がズキリと痛んだ。これも恋の形か? 君は不安を脳裏に埋めて上からコンクリートを流し込んで江戸川に投げ捨てた。 屋根は予想以上に高かった。 たかだか一階上がっただけなのに景色は激変した。 江戸の夏風が風鈴を鳴らし遠くから金魚売りと納豆売りの声が聞こえる。 遠くの銭湯からは湯気が立ち消える。ああ、江戸の夏、日本の夏
「ねぇ、真昼間からそんな真剣な顔で景色を見つめてちゃいや。恥ずかしいわ」
「ご、ごめん。つい。初めてだったから・・・」
君は青くなって全く愚にもつかない言い訳をした。ゲホと咳をする
「そ、それじゃ、本当にこの薬でいいんだね?」
「・・・ええ。お手やわらかにお願いします」
彼女はそっと瞼を閉じた。
・・・おいおい。
「駄目だよ、そんなに固く目を閉じてちゃ、その、こいつが入らないよ」
「そんなこと言ったって、こんなに明るいうちから・・・恥ずかしい」
彼女は顔を両手で覆うといやいやをするように地面を踏みならした。
「おらおらおら、四の五の言わずに開けって言ったら開くんだよ!」
君は思わず凶悪な念に憑かれ、彼女の両手を除去するとともに、 彼女の瞼を用意していた道具で無理矢理こじあけた。 ありがとう高枝切バサミ+マジックハンド。 うっすらと睫毛の生えた皮膚の内側からショッキングピンク色 (< font color=#FF4488 >< /font >)の粘膜が恥ずかしそうに顔を出す。 顔を心もち上に向けているので目の下の可愛い膨らみが 苦しそうにひくひくと震えているのが見える。 普段は見ることのできない2つの穴までもこの姿勢では奥まで丸見えだ。 こっちの穴には牛乳を注ぎ込みたい、そんな小学生じみた誘惑を 君は武士の理性で押えこむ。この内気な娘にそんな恥ずかしい事をさせたら、 君はこの下宿には明日から住めなくなるだろう。
「やめて・・・ひりひりする・・・おねがい、まばたきさせて・・・」
どうやら普段外気に晒されていない部分だけにかなり敏感なようだ。 せめて体液で潤っていれば痛さも減るだろうが、涙で流れてしまっては 薬の意味がない。君は心を鬼にする。
「誰でも最初はしみるんだ。痛いのは最初だけだから、我慢するんだよ」
「そんな事言っても、心の準備が・・・」
君は段々イライラしはじめた。
「早く入れさせてくれよ。待ちくたびれた」
「だいたい、こんな通販で買ったような道具を使うのは嫌なの! 私・・・私、初めてなのっ」
道理で目薬までも箱入りのはずだ。
「もう行くぞ」
君はこらえきれず握った右手に力をいれた。
「いやっ!」
思わずそむけた彼女の顔に高く弧を描いた透明な液体が二、三滴ふりかかった。 一滴は叫んだ口に入ってしまったようで、おもわず咳こみ、 魂が抜けたようにぺたんと道に座り込むおみっちゃん。 それをぼーっと見下ろす君の頭の中では達成感と罪悪感が二人がかりで あっち向けホイを繰り返していた。気まずい沈黙が江戸の町を跋扈する。 遠くでツクツク法師の声がした。 しばらくして、裾の埃をはらいながら、おみつがゆらっと立ち上がる。 自分の頬についた液体に手を触れて不思議そうな顔で見上げる。
「いやだ、苦いしべとべとする。それに、変な匂い・・・ あ、服にもついてる。やだ、染みになっちゃうじゃない・・・」
誰に言うとでもない。まるで読者サービスに向かって話しているかのように 説明的だ。
「太陽って どうしてこんなに マブしいの」
折角のひと夏の思い出の味がこんな苦い目薬に終ってしまった事がショックで、 覚えずあっちの国に向いかけているのかもしれないな、と作者は思った。 まぁ、これも江戸では良い薬であろう、というのは第四者の無責任に満ち溢れる 発言と取れなくもないかと思うんですが、その辺実際のところどうでしょうかね? いや、最近目薬は飲んだことも触ったこともないんで、べたべたしてたかどうか 若干不安なんです。古層には目から溢れて顔を伝って口に入った時の 苦さの記憶はあるんですけどね。ああ、あの頃私は若かったなあ、しみじみ。 君はこの暴走をなんとか軌道に戻すため発言しなければならない。
「ご、ごめん。俺、こんなアクロバティックなのなんて初めてで・・・ つい緊張しちゃって・・・あはははは」
空虚な笑いが乾いた大地を竹林の中のしし舞の音のように駆け抜けていった。 おみっちゃんは初めて君に気がついたかのように天井を見上げ、 猫柳を逆立て放電するかの如き形相できっと君を睨むだろう。 物語はそう言えば湯田屋の表で、おみっちゃんが水を撒いていた シーンから始まっているはずなので、ここで言う天井とは 蒼穹を青天井と見立てた、君の心の中の独特の文学的表現であろう。 被害者の女性は近くにあった刃物のような梯子をふりかざし、 無抵抗の犯人に二度三度襲いかかりながらこう言った。
「言い訳なんか聞きたくないよっ、このヘタクソ!」
君は深く傷ついた。

内蔵破裂を含む複雑骨折は全治3月であった。 これで今朝の手紙の謎は永遠に闇の中。
いやはや、ありゃりゃ、であるですぞ。

君の冒険は終った。
列状の刹那編(完)。バッドエンディング。


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