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おみっちゃんの証言

−−証人は名前を述べなさい

「ええ、そうです。覚えています。あれは元禄十五年閏六月晦日のことです。 はい。ええ。そうです。思い出しました。大祓の日だったんで良く覚えてます。 私、防塵マスクをつけるのは年二回って決めていて、 それって私のなんていうか、ポリシーのようなものなんです。 毎年爪に火を灯すようにしてためたお金で夏と冬の2回、呉服屋で その年の最先端の甘いマスクを買うのが私の限られた欲望を発散する 窓口なんです」

−−証人は芭蕉翁の弟子ですね

「よく覚えてます。あの日先生は、いつものようにバナナをかじりながら、 一生懸命レンガを練っていらっしゃいました。 ええ、そうです。だから部屋は私が一人で自腹を切ってお払いしました。 いつものことなんです。先生ってばレンガのこととなると他の事なんて 目に入れても入らなくなっちゃうんです。でもそれだからこそ、 日本一のレンガ職人なんでですよね。てへ。 あの有名な、名前わすれちゃったけど、あの大きな橋も、それから 台風が来ても吹き飛ばされない家も、みんな先生がレンガで建てたんです。 もちろん私にも油断があったんだと思います。あんな狼が江戸に棲んでいたなんて・・・」

−−連歌について30字以内で説明しなさい。

「良く見えなかったんです。もしかしたら黒豹だったかもしれません。 クァールだったのかもしれません。ごめんなさい、自信ないんです。 彼は自分の事をご新造人間の次郎吉だと名乗りました。 いえ、偽名です。あいつのことだからきっと本名は 巧妙に床下にでも隠しているんだと思います。 そうだ、おねがいです。 家宅捜索の際には畳をひっくり返して下さい。玄関を入ってすぐ右の部屋の 南東隅の畳です。そこに隠してあります。ええ。あいつが昔酔った時に そういって店の私より若い娘を口説いているのを聞いたことがあります。 その娘は翌日私が暇を出しました。先生に色目を使ったからです。 少なくとも店の他の娘はみんなそう思ってます。 あれが世の中にあるうちは私は枕を高くしては眠れないんです。 どうぞよろしくお願いします」

−−証人は何か錯乱しるようですね。

「そんな、嫉妬だなんて滅相もない。私はあんな鼠のような男になんて 全然興味ないです。鼠というより蚕ですね。口から糸を吐き出すんですから。 でも彼の顔は鼠でも吐き出す糸はきれいなんですよ。本物の木綿みたいな布を 私の目の前で織るんです。両手の指を器用に使って、それを見ているだけで、 思わず守ってあげたくなっちゃうんです。ほら、小学校唱歌にもありますよね、 裏の波多家の鍬鑿を、って。あんな感じなんです。ええ。 きっと曽良もそれでだまされたんです。そうでなければ鍵をあけて あんな奴を家に入れるわけがありません」

−−以上の要点を簡潔に述べてください。

「誰がそんな事をいったんですか!あの鼠ですか?それともまさか先生が・・・ そう、先生が言ったのね。先生ってばひどい! 私と一緒に越後の湯田問屋のご隠居になってくれるって約束したじゃない! 私との契約にもとづいた健全な雇用関係はままごとだったとでも言うのね。 そりゃ私は先生の世話人なんか役不足だったけど、それでも一生懸命掃除したじゃない。 それをお供も連れずお忍びで一人でふらっと東北まで行くなんて嫌らしい。 何が雛の家よ、いい年してフィギュアなんて気持ち悪いこと言わないでよ。 一つ屋根の下に美しき諍女と一緒に寝たなんて、悶々と歌まで歌っちゃって、 不潔よ!あんなのわたしの心の中の理想の先生じゃない。大嫌い。 おねがい、返して、私の先生を返してよ!お願いだから。 私、野ざらしになった先生の夢が彼の腹を翔け巡るのなんて見たくないの。 そうよ、先生を出してよ!」

−−いい加減にしねぇか、おみっちゃん。 黙って聞いてりゃいい気になりやがって。先生を出せだぁ? おうおうおう。目ん玉ひんむいて、良くみやがれぃ。 この幻獣庵の俳句集、見忘れたとは、言わせねぇぜ!

「先生・・・」

二人の間にはもはや言葉はいらなかった。
美しき連歌の夕暮れであった

本日のお白洲はこれまで

さて、君はどうする?

  • おみっちゃんはここに残して遠く旅立つ一人。
  • 曽良にシドを会わせる
  • 安らかに眠る