生物の道を歩む者の定めであろうか。避けては通れない事がある。動物実験だ。
上の図はカエルの脳をPITH棒を刺すことによって破壊したものである。こんなことをして、脳の働きを調べるのだ。いや、学生実験だから、差程意味があるわけではない。先行実験と全く同じことをして、分かり切った結果を得ることが目的なのだ。あまりよい画像ではないが、よく見てもらえればわかる。頭の後ろに穴を開けられたカエルがショック状態→筋肉機械状態→呼吸停止となる様子を追った図である。通常の実験ではこんなにスケッチをする必要はない。周囲の人たちに呆れられつつ思わず描いてしまった。問題は次の図である。
PITH棒を使った実験の次に行なわれたのが、この「首ちょきん」の実験である。カエルの口に無理矢理はさみを噛ませ、上顎、目、耳ごと脳というか頭を切り取ってしまう実験だ。脳を失い、まさに筋肉機械と化したカエルが酢酸に対してどんな反応を示すか調べるのである。調べる、とはいってももう結果は分かり切っているのだが。この実験に移ったとき、我々の実験グループはすでに他のグループより遅れをとっていた。私をのぞいて皆真面目な方々ばかりなのである。先ほどのPITH棒実験で時間を取り過ぎていたのだ。ところが、酢酸の実験の方はいつまでたってもデータが得られなかった。なにが原因かはまだわからない。(調べてレポートを書かねばならないというのに。っていうか、それをいうならこんなペ−ジ書かずに早くレポ−トを書けっての!)恐らく酢酸濃度かカエルちゃんの疲労が原因かと思われる。ところが、我々はカエルが疲れてるなら新しい首ちょきんを作ろう、という結論に達した。実験室の前に置かれた水槽からぬるぬるするカエルを捕まえてきて再び首を切る。なぜかこんなときカエルを捕まえたり、首を切る役目は私にまわってくる。なぜだろう?余程首を切りたそうにみえるとでもいうのか!?
そうして、はじめは件のY教授に首を切ってもらっていた我々も、2回目は自分達の手で、カエル首ちょきんを作ることに成功した。カエルの首を押さえる役目を与えられた私の手には、カエルの頭蓋骨がくだける、ぼきぼきぽきぽきぱりぱりべりという音と生あたたかい血が伝わってきた。手についた血を洗い流しながら、私は何も感じなくなっている自分と、こうして変わってゆく人生に思いを馳せた。このような実験では、人の本性のようなものが垣間見えたりするものだ。おとなしそうで、虫一匹殺せなそうな雰囲気の女の子が平然としてカエルの足をつついたりひっぱたりしているのを見て驚くこともままある。もっとも、「血に酔った」(わーお、かっこいい)のかもしれないが。
そんなこんなで実験を終えた我々は結局揃わなかったデータを抱えたまま帰途についたのであった。このような動物実験においては、その「残骸」はゴミとして出してはいけないことになっているので、キャンパス内のどこかに埋めるしかない。賢明な読者の方々にはもう、「どこか」というのがどこを指すのかお分かりであろう。そう、K大N館の周辺である。皆、早く帰りたいものだから処理の仕方はかなり杜撰である。ねずみの解剖のときなど、まだましである。そういうものならば、しっかりと埋めるからだ。ところがカエルとなると話がかわってくる。大半の生徒はN館をちょっと出た草むらや植え込みの中に放りこんで終わりにしてしまうのだ。N館とは理学館の呼び名であるが、このN館の化学教室と生物学教室での逸話がある。N館の周辺に生えるある種の草本が異常成長してしまうというのだ。図鑑にも載っていない程に。違う種かと見間違える程に。生物学教室のK女史はこの異常成長を、化学教室から垂れ流される化学薬品のせいではないかと語ったが、私にはどうも、動物実験の残骸が関係しているとしか思えない、、、。
余談となるが、カエルの解剖中には何とも感じていなかったはずの私は、その夜なぜかトマトソ−ススパゲッティをつくってしまい、酷い目にあった。